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小児の血液疾患・小児がんについて

一過性骨髄増殖症について

この文書は「一過性骨髄増殖症」についての一般的な内容と、保護者の方からいただくことの多い質問について説明したものです。一般的な内容ですので、ご不明な点については遠慮なく担当医に質問をしてください。

1.一過性骨髄増殖症とはどのような病気ですか?

一過性骨髄増殖症とは、21トリソミー(ダウン症候群)のお子さんの新生児期にみられる血液の異常で、血液の細胞の中に、異常な細胞(=芽球といいます)が過剰に増えてしまう状態です。この状態は血液のがんである白血病ととてもよく似ており、見た目では区別することができません。

白血病は血液細胞の工場である骨髄の中で、芽球(白血病細胞)が増えてしまい、正常な血液を作ることができなくなる病気です。白血病は自然によくなることはありませんので、適切な治療を受けなければ必ず進行し命にかかわります。しかし、一過性骨髄増殖症では、多くの場合は増えている芽球は自然に減り、血液検査でみられた異常値も緩やかに正常化します。そのため、「一過性」の「骨髄増殖症」と言い、英語で表記した場合の頭文字から「TAM(タム)」と略されます。TAMは21トリソミーのお子さんの約10%に起こると考えられています。

TAMは自然に治ることが期待できますので、検査値の異常が軽度のみの場合や、症状が特に問題になっていない場合は、特に治療を必要とせず、定期的に検査をしながら経過を見ることになります。ですが、芽球の数が著しく多い場合や、芽球の存在が患者さんの大きく影響を与えている場合は、命に関わる重篤な状況になることがあります(「一過性骨髄増殖症になるとどのような症状が出ますか?」や「一過性骨髄増殖症にはどのような治療をしますか?」も参照してください)。

また、TAMの状態を経験した21トリソミーのお子さんのうち、5歳ごろまでに約10~20%の確率で白血病を発症することが知られています。この白血病は自然に治ることはなく、治すためには治療が必要になります(「白血病になったらどのような治療をするのですか?」も参照してください)。

2.一過性骨髄増殖症になるとどのような症状がでますか?

一過性骨髄増殖症(TAM)では血液細胞の中に芽球が増えます。この芽球は血液検査では白血球に数えられるため、血液検査を行うと白血球の数が増えていることになります。増えた芽球は肝臓や脾臓にたまり、肝臓や脾臓が大きくなることがあります。芽球のために正常な血液細胞(白血球や赤血球、血小板)を作る力が抑えられてしまい、これらが不足することもあります。

また、TAMの芽球の存在により体に影響がでることがあります。TAMの芽球からはサイトカイン(体の働きを制御する信号)がでていることがあり、このサイトカインが過剰になることで、肝臓が悪くなったり、腹部や胸部、心臓の周りなどに水がたまったり、呼吸が苦しくなったりすることがあります。

TAMになっても、症状がないまま治ることも多くありますが、このような問題が起こることで、命に関わる重篤な状態になることもあります。

3.一過性骨髄増殖症にはどのような治療を行いますか?

TAMは特に治療を行わずに自然に治ることが期待されますが、その一方で、TAMの状態になったお子さんのうち、約20%の確率で重篤な状況になります。問題になることが多いのは、

です。これらの症状が見られた時には、治療が必要になります。治療にはキロサイドという抗がん剤、もしくはステロイド剤を用います。

キロサイドを投与すると、TAMでみられている芽球を減らす効果がありますが、その一方で、肝臓が悪くなることがあります。また、血液を作る力を抑えてしまうことがあります。TAMの細胞の影響でもともと肝臓が悪くなっている場合や、血液を作る力が弱くなっている場合には、さらに悪化させてしまう可能性があります。キロサイドを用いた治療はTAMが完全に治るまで続ける必要はありません。体への影響が改善するところまで芽球を減らすことができれば、その段階でキロサイドの治療をいったん終了します。

TAMの芽球からでている信号が体に影響を与えていると考えられる時には、その信号を抑えるためにステロイド剤を用いることがあります。

ただ、キロサイドもステロイド剤も効果が出るため少し時間がかかることがあるため、重篤な状態で早急な対処が必要な場合には、交換輸血(血液を入れ替える処置)を行うことがあります。そのほか、呼吸や循環の補助を行います。

4.外来に通院する必要はありますか?

TAMが完全に治っていなくても(芽球が血液細胞の中に残っていても)、状態が落ち着いていれば退院は可能です。ただし、退院できるかどうかはTAM以外の状況によっても大きく変わります。

退院後も、TAMの経過を観察するために、また、白血病の発症がないかを確認するために、だいたい1~3か月に1回ほどの間隔で定期的に外来に通院していただく必要があります。TAMを経由して発症する白血病のほとんどは5歳ごろまでですので、小学校に入学するころまでを目安に通院をお願いします。ただし、5歳を過ぎても「絶対に白血病にならない」わけではありません。21トリソミーの方は、TAMと関係なく急性リンパ性白血病になる確率が相対的に高いことが知られています。

退院している状況であれば、血液のことを理由にしての生活制限は必要ありません。予防接種などもTAMの経過による影響はありません。ただ、生後6カ月ぐらいまでの間はもともと血液細胞を作る力が弱いため、TAMを経験したお子さんはこの期間に貧血になることがしばしばあり、高度な貧血のために輸血が必要になることもあります。

5.白血病になるとどのような症状がみられますか?

白血病の細胞は骨髄の中で増殖し続けますので、白血病になると正常な血液を作る力が抑えられてしまい、正常な血液の細胞(白血球・赤血球・血小板)が減ってしまいます。

正常な白血球は主に免疫力を担っています。ですので、少なくなってしまうと、「感染症にかかりやすくなる」「感染症が治りにくくなる」「通常の免疫力があればかからないような感染症になる」などの症状が出ます。

正常な赤血球は主に酸素を運搬する働きをしています。酸素は細胞が機能するために必須なので、少なくなってしまうと、いわゆる「貧血」の症状としてだるさやめまいなどが現れます。

正常な血小板は主に出血を止める役目を果たしています。ですので、少なくなってしまうと血が止まりにくくなり、小さなあざがたくさんできてしまったり、鼻血が止まりにくくなったりすることがあります。

そのほかに、白血病細胞が増えることにより骨が痛くなることがあります。また、リンパ節や肝臓・脾臓に白血病細胞がたまることによって大きくなることがあります。

それぞれの症状の程度は個人差がありますので、すべてのお子さんに同じ症状がでるわけではありませんが、白血病細胞は自然になくなることはありませんので、治療をしないとこれらの症状が進行し、命に関わる状態になってしまいます。

ただ、TAMの経過があったお子さんは外来で定期的に血液検査を行いますので、症状がみられる前に検査の異常値が先に見つかることのほうが多いです。検査の異常値がみられた場合には、骨髄検査を行って白血病の発症の有無を確認します。

6.白血病になったらどのような治療をするのですか?

TAMの後に発症する白血病は「急性巨核芽球性白血病(AMKL)」もしくは「骨髄異形成症候群(MDS)」のどちらかの分類になることがほとんどです。このふたつは骨髄検査の結果によって分類されますが、21トリソミーのお子さんに発症した場合にはどちらもほぼ同じ病気と考えられており、治療法や治りやすさも変わりません。

白血病の治療には、3種類の抗がん剤を組み合わせて用います。おおよそ4週ごとに5回の治療を行うため、約6か月の治療期間が必要になります。治療中は多くの時間を入院して過ごしていただくことが必要です。

21トリソミー以外のお子さんに発症した白血病に比べ、治療薬がよく効くことが知られています。十分な治療を行うことができれば、TAMを経てから発症した「急性巨核芽球性白血病(AMKL)」もしくは「骨髄異形成症候群(MDS)」は約90%の確率で治ることができます。

7.白血病はできるだけ早期に診断したほうがいいですか?

白血病の治癒率に一番影響するのは、白血病細胞自体の性質です。また、治療が不十分な場合も治癒率が下がります。つまり、治癒率をあげるためには、しっかりと白血病細胞の特徴をつかみ、それにあった治療を十分にできることが最も重要です。ですから、白血病を早期に診断したとしても、最終的になおる確率には影響しません。また、21トリソミーの患者さんに生じるTAMを経由した白血病の進展は緩やかなことが多いです。ですから、白血病の発症が心配されるような症状があった場合でも、夜間などに緊急で受診をしていただく必要はありません。

8.TAMはなぜ発症するのでしょうか?

TAMの細胞を調べると、ほとんどの場合でGATA1という遺伝子に異常が起きています。TAMの細胞以外にはこの異常はないため、この遺伝子の異常が新たに生じることでTAM細胞になっていると考えられます。

細胞は日々分裂していますが、増える量は厳密に制御されています。分裂して増える過程で、DNAという細胞の設計図をコピーして使います。その設計図には遺伝子の構造が書き込まれています。DNAのコピーはとても正確ですが、何万回・何十万回とコピーすると間違いが起こることがあります。間違いのある設計図で作られた細胞はほとんど場合は排除されますが、このGATA1という遺伝子が書かれている部分に間違いが起こると、21トリソミーの原因になっている21番染色体が多いことと一緒に関連して、過剰に増えるような細胞ができてしまいます。これがTAMでみられる芽球です。ただ、GATA1遺伝子の異常だけでは説明できない未知の部分もまだあります。